酷い火傷を負った私の顔が8日間で全治する
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文/山東省の大法弟子

 【明慧日本2018年9月3日】私は2016年11月、ある韓国の電子工場で炊事係の仕事を始めました。工場が建てられてから20年間で4人の炊事係が雇用されたのですが、全員法輪功修煉者でした。韓国籍の社長は、法輪功修煉者なら社内のお金を1円も着服しないということを知っていて、信頼を寄せています。法輪功修煉者は韓国企業が愛顧する人材になっています。

 2017年3月下旬、工場内の残業が増え、私は普段より一食多く作らなければならず、多忙で疲れも溜まりました。ある日のお昼、忙しい中で同僚は液体ガスシリンダーの元栓だけを閉めて、ガスコンロのガス栓を閉めるのを忘れました。翌日、私はガスシリンダーの元栓を開けて、頭を下げてガスコンロに火をつけようとした途端に、大きなかまどの下に大量の液体ガスが漏れて溜まっていたため、「パン!」という大きな破裂音とともに、火の塊が私の顔に向かって吹き出てきました。顔だけではなく、私のズボンと上着にも全部燃え広がり、焼けて破れてしまいました。同僚は私の顔を見てびっくりし、私自身も顔の火傷の痛さを直に感じていました。少し落ち着きを取り戻した後、私は早速電話で部門の責任者を呼びました。私の情況を見てびっくりした責任者は「大丈夫ですか?」と聞きました。その時、私はすでに冷静さを取り戻していたので、「大丈夫です。心配しないで下さい。私は法輪大法修煉者なので、工場に対して無茶な請求は一切しません」

 私はヘルメットを被って、電動車に乗って家に帰りました。帰宅して鏡を見て見ると、顔全体がピンク色になっていて、頭皮の一部も焼け焦げていました。午後、顔は黄色くなって腫れ始めました。翌日になると、顔はもっと大きく腫れ上がって目は1本の線になり、大きな水ぶくれがずらりと並んでいました。3日目になると、顔は青色になりました。その時、家には私しかいませんでした。見舞いに来てくれた同僚は私の顔を見て、びっくりして泣きそうになりました。私は「大丈夫ですよ。師父が見守って下さっています」と言って、彼女を慰めました。

 この間も、彼女は「当時のあなたの様子を思い出すと、今でも怖く感じます」と言いました。

 家族に心配をかけたくなかったため、私は家族の誰にも教えておらず、自分の顔はすぐに回復できると思いました。しかし4日目に、息子から電話がかかってきて「私の友達が車でそっちに向かっているから、彼と一緒に証明書を取ってきてほしい」と言いました。その時、私は事実を打ち明けるしかありませんでした。そして「今は出かけたくない。傷はそれほど大変ではないから、心配は要らない」と言いました。息子は安心できず夕方、車で数百キロ走って家に帰って来ました。息子はドアを開けて、私の顔を見るや否や胸を叩いて地団駄を踏み、そして顔を後ろに向けて泣き出しました。私は「これっぽっちの傷で、そこまで悲しく泣く必要はないわ」と言いました。息子は「お母さん、僕はあなたのことですごく心が痛んでいます! どうしてこんなになっても、教えてくれないのですか!」

 私は息子に「師父が見守って下さっているから、もうすぐ良くなるわ」と言って慰めました。息子は傷跡が残ってしまうことを心配して、どうしても私を病院まで連れて行こうとしました。しかし、私は息子に「それは決してしないわ。病院で治療するより、家で静養する方がもっと早く回復できるわ。私の意思を尊重してほしい」と説得しました。

 当時、私の顔の水ぶくれは破れて瘡蓋(かさぶた)ができかかっており、顔全体が非常に醜かったのです。

 息子は不安を抱えたまま帰って行きました。その後、1日に何回も電話を掛けてきては、私の情況を尋ねました。

 8日目に、息子はまた帰って来ました。ドアを開けるや否や、息子は目を見開いてこう言いました。「どうしてこういうことがありえるの? これは不思議すぎるよ! どうしてこんなに早く回復できたの?」 あの時の私の顔の瘡蓋はほぼ消えて、顔全体が白くて赤みがさし、肌がとてもきれいでした。ほどなく、私は出勤しました。そして、私は工場に1円も請求しませんでした。

 私はこの上ない感謝の気持ちで、慈悲で偉大なる師父の見守りに感謝いたします! 顔が回復する全過程において、私は師父が法輪を打ち出して、私の顔を修復して下さっているのを何回も実感し、他のやけどを負った患者が経験する痛みもほとんど感じませんでした。ただ事故の発生当時に、少しの辛さを経験しただけでした。師父に助けられて、私は運よく苦痛から免れました。 

 跪き、再び偉大なる師父に感謝の意を申し上げます!

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/7/20/370955.html)
 
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