文/イランの青年大法弟子
【明慧日本2019年5月16日】私はイランの大法弟子で、法輪大法を修煉して5年目です。青少年時代、兄による暴力と恥辱を受けていた私は悲しく、抑圧された家庭環境の中で成長し、パソコンの使用も兄に禁止され、脳卒中で入院し、鬱積のあまりいつも泣いていて、生命の意義について神に聞き、自殺を考えたこともありました。
時間が経つにつれて、私は座禅や山奥での修行に対して興味を示し、アニメや映画でそのような場面を見たときは特にそうでした。私は「生命とは一体どのような概念なのか? 誰が神なのか? 私はなぜこの世で生き、また死ぬのか?」を考え始めました。時には窓の外の世界を眺めながら、私はこう自問しました。「私は一体何のために生きているの? 生命の目的は何だろうか?」。山奥にいる生命の真義を悟った人たちを訪ねようと考える一方で、家族を後に残して無責任に去ってしまうのは、いかがなものかと自分に問い正しました。
私は読書がとても好きなので精神や信仰に関する本を読み、生命の意義への答えを探し求めました。また、私は異なる法門の本や哲学書を読み、 読んでいる最中はよかったのですが、読み終えてからも、やはり生命の意義や目的が何なのかが分かりませんでした。
イラン出身の著名な哲学者に出会い、私はときどき彼の講演を聞きに行きました。ある日、彼と同車した私は「生命の目的は何ですか? なぜ私たちは生きているのですか?」と彼に質問しました。彼の答えはこうでした。「生きることは将棋のゲームのようなもので、あなたが遊びたくなければ蹴り出されます」。 彼からもっと良い解釈が得られると期待していた私は、その答えがあまりにも簡単かつ奇怪だと思いました。
成長に伴ってこれらの精神面の思考がますます少なくなって、金銭や感情などの常人の考えが多くなっていきました。そして、私が常人のものを追求してますます深く嵌(はま)っていくにつれて、生活面のトラブルも続出しました。それにもかかわらず、私は常人社会の影響を受けて引き続き金銭を追い求め、他人を追い越そうと常に考えていました。また、他人との衝突で損を被った私は闘争心が強くなり、心に怨恨さえ抱くようになりました。その後、私は政治問題に高い関心を持ち始め、頭の中は常人の思想でいっぱいでした。
大法に出会う
ある日、友人たちと外出する際、ある友達のお父さんが毎朝公園で座禅していることを耳にしました。
座禅について興味があり、少しばかり知っている私は彼に詳細のことを聞きました。数日後、私はその公園を訪ねて座禅を習い、煉功によってリラックスできました。功法を教える人はとても優しくて根気もあって、法輪大法の主要書籍『轉法輪』を薦めてくれました。
『轉法輪』を読み終えたとき、自分が人生に対して抱いてきたすべての質問の答えが、本から得られたことに私はびっくりしました。
大法を修煉する前の私には、低血圧による眩暈(めまい)に似た症状があって、いつでも倒れそうな感じで、それがなかなか表現できない苦しい感覚でした。病院で診断を受けても、何の病気も見つからず、血液検査でも異常がありませんでした。その後、私は油っぽいものを食べることを避け、時には何も食べず空腹を耐えていました。大法を修煉してから、いつの間にかこれらの症状が全部消えて、私はとても不思議に思いました。
煉功時、私はリラックスができ、思想も空白になったような感じでした。大法は私の心臓の痛みと眩暈などの病気を取り除いてくださいました。母もよく私に「私がいくら緊張したり、怒ったりしても、あなたは常に落ち着いて返事してくれるね」と言っています。
大法を修煉していなければ、私の生命がどうなっていたか想像もつきません。大法を修煉してから、性の解放や喫煙、飲酒、嘘つきなどの問題は私から遠ざかりました。私は人に優しく接し、ベストを尽くして良い人になろうと頑張っています。仕事において昇進や有名になる機会がありますが、私はできるだけ求めないようにしています。
同僚に常に親切に接する私は「彼はどこにいても優しい人です」と言われています。また、私はよく自分の仕事を後回しにして、先に他人を手伝ったりしています。私が最優秀社員に選ばれたのは、大法を修煉したお蔭です。
会社が手配した身体検査で、私の検査結果は同年代または若い同僚の誰よりも良かったのです。私より8歳下の22歳の同僚は脂肪肝と腎臓結石が検出されました。それに比べて、大法を修煉している私は心身ともに浄化され、何の問題もありませんでました。
中国人に真相を伝える
師父の説法を学んだ後、私は衆生を救うこと、特に中国人を救うことの重要性と緊迫性を感じました。師父は説法の中でこのようにおっしゃっています。「中国人は近代では無残に迫害され、外形まで醜くなったのです。しかし、皆さんに教えますが、中にあなたの王、あなたたちの王がいる可能性が高いのです」[1] そして、実は中国人の多くは中国共産党によって毒害されているのです。
私はよく同修と一緒に中国人が多く訪れる場所に行って、できるだけ面と向かって真相を伝え、会話を交わすチャンスがなければ、彼らに法輪功の真相資料を渡すことにしています。
明慧ネットに掲載されている同修の交流文章を読んで、私はあることに気づきました。それは中国人に真相資料を渡す前に、先に彼らに話しかけた方が良いのです。
私は中国の事情について彼らと雑談したり、イラン人の目に映る中国人像に触れたりして、最後に、「私自身はある素晴らしい本を読んで中国のことを知り、中国の博大かつ深い文化が好きになったのです」と伝えました。本の名前を聞かれて、私は「それが『轉法輪』です。この本を読んでから、中国に関する私の考え方が完全に変わりました」と教えました。
中国共産党に深く毒害されて、法輪功が一つの組織だと思い、私に「ここでビラを配るのに、お金をいくら儲けているの?」と聞く人もいました。彼らに真相を知ってもらうために、私は『轉法輪』を読ませて、「私の本国では人々は自由に法輪功を煉ることができます。禁止しているのは中国だけです」と伝えました。
煉功の重要性
修煉を始めた当初、私は煉功にすごく興味があって、雪の降る日もよく公園で同修と一緒に煉功しました。寒さで手がかじかんで感覚がなくなっても、私たちは煉功を続け、好んで煉功していました。
煉功後、私はリラックスできてよく熟睡できます。煉功によって私の身体は浄化されました。大学院に入ってからはアルバイトをしながら勉強に励み、別の煉功点に参加し、週末には五式の功法を連続で煉ることにしています。
心が常に穏やかである私は多くの場合、仕事での衝突に対しても、うまくトラブルを処理できていました。しかし、仕事の環境の変化に伴い、あまり学法できなくなった私は、多くの生活面でのトラブルに直面するようになり、多くの心性の関もうまく乗り越えることが出来なくなりました。
学法がもっとも重要で、煉功が二の次と思った私は徐々に煉功を止めて、心性の向上にもっと多くの気力を注ぐべきで、煉功と心性の向上の間に関連性がないと考えました。しかし、煉功を止めてからは、自分の修煉が向上するどころか、悪化する一方だと気づきました。つまり、心性が落ちた私はますます煉功を怠るようになりました。
長時間の仕事の疲れと今まで経験しなかったことが重なり、家庭でも仕事においても心性を保つことが出来ませんでした。そこで考えを改め、同修の交流文章にも啓発されて、複雑な環境は実は良いことだと意識しました。その同修は文章の中で、「煉功のために朝早く起きしたり、夜遅く寝たりするようになり、それからは全てが変わりました」と言いました。
煉功は重要ではないという考えが間違いだと私は認識しました。実際、煉功は心性の向上の各方面と緊密に関わっており、煉功をすれば我慢強さや忍耐力を鍛え上げ、怠ける心も克服できます。そして、怠けによってもたらす安逸心や色欲心も、心性の多くの方面と関連性があることを認識しました。
そこで、私も早朝の煉功を始めました。最初は一式の功法だけを煉り、それから30分、45分と徐々に時間を延長しました。いつの間にか私は心の落ち着きを取り戻し、また元気いっぱい仕事に取り組むことが出来るようになり、退社後の学法も余裕で出来るようになりました。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『世界法輪大法デーの説法』