文/ニューヨークの大法弟子
【明慧ネット2020年6月24日】私はアルゼンチンから来たエレーナといいます。今日は娘に関係する修煉体験を分かち合いたいと思います。私の修煉の中で出会った重大な試練は、いずれも娘と関係があるからです。
1回目の試練は、娘の出生に関係があります。出産予定日はちょうど2009年アルゼンチンでの神韻公演の初日と重なりました。妊娠したことにより、2009年神韻公演の宣伝に専念できなくなったため、これは一種の妨害ではないかと思いました。時が経つにつれて、私は落ち着いてきて、子供も子供弟子なので、きっと私を理解して協力してくれると思うようになりました。それで、私はお腹にいる娘に「アルゼンチンの神韻公演が終わってから生まれてほしい」と願いました。
どうやら私の願いは現実になりました。神韻は1週間の内に複数回上演され、娘はまだ生まれる様子がなく、それで私はスペイン語版「大紀元時報」のために取材報道をすることができました。
公演が終わった後、私はお腹の子に「よしよし、もう生まれていいよ」と話しました。さすがにもう出産予定日から1週間経っていました。しかし生まれてくる兆候がなく、その時、南米のもう一つの都市で神韻公演が行われていて、私はそこにも行って取材報道を手伝いました。そこの公演が終わっても、娘はまだまだ生まれてこなくて、すでに出産予定日は2週間過ぎていました。
私は心配し始めました。子供のために心配するだけでなく、病院とどのように付き合うかも分かりません。数週間ごとに定期検査がありましたが、神韻の事で忙しくして病院に行けませんでした。今もし病院に行ったら、きっと担当医に怒られて、また帝王切開を要求されるのではないかと思いました。修煉者として帝王切開をする必要がないと思うほか、私はずっと病院が嫌いで、手術という現代医術にも良い印象を持っていません。
今からほかの病院に当たるのももう遅いのです(私はほかの病院に当たることまで考えた)。家族も心配になって、病院に行くように私を催促しました。「病院に行かないとお腹の子は死ぬかもしれない」という心配も、「常人社会に符合しなければならない」という迷いもあったのですが、やはり「行かない」と決心しました。南米で最後の神韻公演が終わっても生まれてくる気配はありません。
その間に内に向けて探し、多くの執着心が見つかりました。前文に触れたほか、またメンツを重んじる執着心を発見しました。もし流産すれば、同修たちは私をどう評価するか気になったのです。「業力を返すためにこの子を失う羽目になるのでは」という考えと「師父は私と赤ちゃんを加護をしてくださるので、きっと大丈夫だ」という正念が頭の中で入り混じっていました。私はすべての時間を学法、発正念、内に向けて探すことにかけました。師を信じて、法を信じなければならないと分かっていながら、少しも心配しない境地に至ることは容易ではありませんでした。
師父は「もしあなたが本当に修煉し、真に生死の心を放棄することができ、ほかの人に見せるためにそうしたのであって、心の中でなかなか放下できないということではなければ、どんな病気も良くなります。修煉はほかでもなく、人間と神との間の一念の違いだけです。しかし、この一念の違いは、言うのは簡単ですが、しっかりとした修煉の基礎があってやっとやり遂げるものです。本当に力を入れて法を勉強していれば、あなたにそれができます」 [1]とおっしゃいました。
ある日の朝、目が覚めた瞬間の第一念はいつもの通り「まだ出産の兆しがないのか」でした。しかしその時、私は師父を100%信じる境地に至り、何が起きても恐れず、疑わない境地でした。突然、天目に師父の姿が見え、黄色の袈裟に青色の髪の毛で、そばに紫色の衣服を着た女神がいて、髪の毛はカールがついた赤毛でした。師父と女神は手をつないで私のお腹の中に入りました。3日後、つまり出産予定日の4週間後に娘は生まれました。自然分娩で合併症もありませんでした。
娘が誕生してから、最初の数年間はまあまあ順調でした。私と夫の関係がだんだん悪くなるにつれて、娘にも病気の様相が現れました。最初はそんなにひどくなく、私が発正念をすると娘は良くなりました。しかし時が経つにつれて、病気はますますひどくなって、時には夫にも同じ症状がありました。
ある日、娘は咳をして、呼吸も難しくなり、夫にも同じ病気が現れました。2週間経っても娘の咳は止まらず、咳がひどい時は血も吐きます。私たち夫婦間のトラブルが解決していないため、その業力が娘に転じることは、娘にとって不公平だと思って、妨害を取り除くために発正念をしました。1週間かけて絶えず発正念をした結果、娘の咳が止まりました。
間もなくして娘に新たな病気が現れました。ある日の夜、耳が痛くて寝つくことができないと娘は言いました。それから、私の頭に一つの念が浮かびました。たった1秒間ですが、下記に語りたいことも一瞬の間に起きたのです。
さて、その念とは何でしょうか。その晩私はとても疲れていましたが、疲れていても娘のために徹夜で発正念しようと決心しました。しかし発正念をする前に、極めて大きい憤りが胸に膨らんで、心の中で「旧勢力よ、同じ妨害手段を何回使ったら気が済むのか、何回なの? これは私には関係がないのよ」と叫びました。
その一瞬に(すべてのことが一瞬の間に起きた)、自分の憤りは良い反応ではないと私は意識しました。しかし振り返って娘の様子を見ると、娘は耳の痛さを訴えなくなって、布団に入ってすぐ寝つきました。娘に対する妨害は、本格的に発正念を始める前に、私の一念の力で解体されました。
どのようにこの出来事を理解すればいいかと長い間困惑しました。発正念をする前の憤りは間違っていたと思います。怒るのは正しくないのです。しかし結果を見ると、娘の「病気」の現象は私の憤りの一念によって撃退された結果を見ると、それは正しい一念かもしれないと私は思いました。私の憤りは娘や夫を対象にしたのでなく、邪悪な旧勢力に対するものだからです。表面からみると、憤りは「忍」とかけ離れていますが、しかしそれは旧勢力を否定する方法の一つかもしれないと思います。
それは、師父の経文の法理に符合したのではないかと思います。「忍とは決して限度なく放任し、すでに完全に人間性を失い、正念がない邪悪な生命に、節度なく悪事を働かせることではないのです。忍は真理のために一切を捨て尽くすことができますが、すでに人間性を失い、正念がない邪悪な生命が衆生と大法の異なる次元での存在を勝手気ままに破壊することを大目に見ることではなく、ましてや殺人、放火といったことを無視することでもありません」[2]
あれ以来、娘はもう病気にかかったことはありません。そのこともきっかけになって、私と娘はニューヨークに来ました。娘は毎日ほかの子供弟子たちと一緒に学法と煉功して、週末に明慧学校に通って、以前より精進しています。
師父に感謝します。
同修の皆さんに感謝します。
注:
[1] 李洪志師父の経文:『二〇〇四年ニューヨーク国際法会での説法』
[2] 李洪志師父の著作:『精進要旨二』「忍の限界」
(2018年ニューヨーク英語修煉体験交流会の発表原稿)