【明慧日本2020年6月25日】(山東省=明慧記者)山東省カ沢市単県の法輪功学習者・孟慶梅さんが、再び懲役3年6カ月の実刑判決されて、2020年6月14日に、山東省済南女子刑務所で残忍に迫害され死亡した。享年76歳。
孟さんの家族は突然、刑務所から「孟慶梅は危篤状態になった」という電話をもらってから、急ぎ山東省武警病院に駆けつけて来たが、孟さんはすでに遺体安置所に移送されていた。病院から提示された死亡時刻は2020年6月14日午前6時で、原因は身体電解質不調による多臓器不全になって、突然に死亡したということであった。
孟さんの家族は死亡原因に対して疑問をもち、刑務所側は「孟慶梅は断食して、28日間後に死亡した。刑務所側はこの間は拷問しておらず、死亡の何日か前に山東省武警病院に送り治療したが、孟慶梅に拒否された」と告げた。それを証明するため、刑務所と病院の録画を家族に見せた。しかし、家族は録画から孟さんが断食により体力を消耗したのではなく、病院で押さえられて注射される際に、反抗した形跡があると疑った。
孟さんの家族は遺体を連れて帰り、単県で火葬したいと要求したが、中共ウイルスの蔓延期間中という理由で、拒否された。やむを得ず済南での火葬を認め、6月16日に孟さんの遺骨を持ち帰った。
2018年3月、孟さんは山東省済南女子刑務所の第11区に拘束されている時、「転向(法輪功修煉を止めること)」を拒否したという理由で、ひどい迫害を受けていた。孟さんはその迫害に断食で抗議し、そのために刑務所医院で強制的な灌食を受けた。
昔、孟さんは交通事故で障害が残り、何十日間も飲食できないし、睡眠もできなかった。北京の数箇所の病院に行ったが、判定は植物性神経功能壊死症(植物人間の予備軍)と診断された。孟さんの子供達は家財を全部費やして、治療できる病院を探したが見つからなかった。やむを得ず、孟さんを家に連れ帰り、死亡するまで待つことにした。孟さんは絶望していたが、最後のかすかな望みを持ち法輪功をやり始めた。初日、法輪功の煉功場に行く時は、子供達が孟さんを運んで行ったが、終了後は孟さんは自力で歩いて帰宅した。家族全員が驚いて、法輪功の素晴らしさを聞いて感動して涙を流した。
1999年7.20、法輪功が中共に迫害を受けてから、孟さんも繰り返し単県「610弁公室」と国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)、派出所の警官らに嫌がらせをされたり、洗脳班に送られたり、連行されたりした。2009年8月20日、孟さんが連行され、単県拘置所に不当に45日間拘禁され、その後、済南女子労働教養所に移送された。孟さんの健康問題という理由で労働教養所に受け入れられなかったため、解放された。
2013年4月19日、孟さんがまた連行されて、不当にカ沢市拘置所に移送され、拘束された。連行したが懲役の条件を満たしていないため、単県検察庁は法的な書類を単県国内安全保衛部門に返却した。しかし、単県「610弁公室」のリーダーの王占蘊(王蘊)が認めず、カ沢市「610弁公室」と市検察庁に依頼して、単県検察庁に圧力をかけたために、孟さんは単県検察庁に起訴された。
6月18日、孟さんが不当に裁判を受けている時、弁護士は無罪を主張した。憲法は信仰の自由を明確に規定していため、単県「610弁公室」、公安は法輪功を残酷に迫害したりするのは法律を知り、法律を犯すことであり、厳重な違法行為であると主張した。法廷で即時に当事者の無罪解放を要求した。弁護士は真実に基づいて述べたため、起訴者側は理屈が分かり、何も弁解できなかった。孟さんも法輪功を修煉して、自分の身心ともに受益したことを述べた。
情報によれば、この場にいたある人は「これは何の裁判なのか?」、「司法関係者は今までにない恥さらしだ!」と叫んだ。その後、カ沢市のある交安局官僚が県公安局和610弁公室を批判した。
その後結局、孟さんは依然として不当に懲役3年の実刑判決を受け、山東省女子刑務所に移送された。
孟さんは刑期満了後、1年にならないうちに、2017年5月20日午前に、単県竜王廟で法輪功の真相資料を配布した時に、単県国内安全保衛部門の警官らに連行され、カ沢市拘置所に移送され、拘束された。再び不当に懲役3年6カ月の実刑判決を受け、山東省済南女子刑務所に移送され、残忍に迫害された。