山東省の刑務所で拷問され法輪功修煉者が死亡
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 【明慧日本2013年10月9日】山東省安丘(あんきゅう)市の法輪功修煉者・劉清梅さん(女性)は2003年、中共(中国共産党)当局の裁判所に懲役12年の不当判決を宣告され、刑務所に送られたが、高血圧症で刑務所側に入所を拒否された。しかし、2008年、劉さんは警官に強引に省女子刑務所に拘禁された。刑務所で劉さんは服を脱がされ、繰り返し拷問を受けた結果、一度精神異常になったことがある。さらに、高血圧症や腎臓病を患って歩行困難になり、先月3日夜8時過ぎ、劉さんは無念な思いを抱いたまま、安丘市の病院で死亡した。享年54歳。

 劉さんは、法輪功を修煉する前、慢性胆嚢炎、胃炎、十二指腸球部炎症など、多種の病気を患い漢方薬、西洋薬を毎日服用し、点滴もしたが、痛みすら消えなかった。しかし、1998年に劉さんは幸いにも法輪功と出会い、法輪功を学び始めた。すると、いつの間にか病気が完治し、体も軽く、安らかな心で過ごせるようになった。劉さんは心から法輪功の師父に命を救われたことに感謝し、法輪功を修煉していこうと決心した。

 しかし、中共当局は1999年7.20、法輪功に対する弾圧を開始した。劉さんは1999年7.20~2000年末まで、法輪功に対する迫害停止を求めて、6回北京へ行った。そのため、劉さんは警官に不当に身柄を拘束されて拘禁され、拷問された。警官は劉さんを地面に座らせ、箒が壊れるまで殴った。また、警官は劉さんに5日間重い足かせをつけ、スタンガンで劉さんの頭、首、手足などに電気ショックを加えた。さらに、劉さんを吊るし上げたこともあった。

 2001年7月、 劉さんは法輪功が迫害されている内容のチラシを配った。そのため、劉さんは賈戈派出所の警官に不当連行されて酷く殴られた後、安丘市刑務所に拘禁された。刑務所で劉さんは鉄の椅子に座らされ、強行に灌食された。灌食した後、公安局副局長・宋雲清は警官に「チューブを抜くな。次も、そのまま使えばよい」と指示した。

 2002年1月、劉さんはイ坊市の修煉者の家を訪ねたが、そこでその修煉者と共にイ坊市高新開発区派出所の警官に暴力を振るわれ、連行された。その後、警官は2人を安丘市刑務所に拘禁しようとしたが、2人の体が傷だらけだったため、刑務所側に入所を拒否された。しかし、派出所の警官はあきらめず、2人を刑務所のオフィスに監禁した。2人は断食して迫害に抗議したが、刑務所の警官に灌食されて殴打された。

雙手反背銬在椅子上
拷問の実演:鉄の椅子
酷刑演示:野蠻灌食(繪畫)
拷問のイメージ図:灌食

 2日後、劉さんは石碓派出所の警官により病院に監禁されて点滴を打たれ、灌食された。劉さんは迫害に懸命に抗議し、解放を求めたが、警官に両手に手錠をかけられてベッドに繋がれ、板で酷く殴られた。病院の看護婦が警官の行為を見て、警官を制止した。ある日、劉さんは詳細不明な薬物を点滴されたとき、体中に痛みが走り、我慢できずに針を抜こうとしたが、警官に見つかり、酷く殴られて足と臀部があざだらけになった。劉さんは病院で21日間、苦しめられて危篤に陥った。その後、警官は責任逃れのために、劉さんを帰宅させた。しかし、翌日、派出所・所長が数人の警官を引き連れて劉さんの家へ行き、劉さんを恐喝したりして、騒ぎ立てた。劉さんは迫害から逃れるために家から離れ、放浪生活を余儀なくされた。

 2002年9月26日、子供に会いたい劉さんは家に帰った。しかし、夜10時頃、石碓派出所の警官は劉さんの家の壁をよじ登って部屋に不法に侵入し、寝ている劉さんと娘を起こした。警官は家の隅々まで家宅捜索を行い、劉さんを不当に連行した。

 劉さんは刑務所に送られる途中、警官に「お前を生き埋めにしてやろうか」と脅された。刑務所で劉さんは不当拘禁に断食で抗議したが、鉄の椅子に座らされ、足など蹴られながら灌食された。劉さんは21日間苦しめられ、昏睡状態になったため、帰宅させられた。

 2002年10月28日夜、劉さんは再び連行されて安丘市刑務所に拘禁された。刑務所で劉さんは灌食され、9日間両腕を背中に回して手錠をかけられた。劉さんは「逮捕状」にサインを強要されたが、拒否した。

 2003年2月21日、劉さんは手足に枷をかけられて市裁判所に送られた。法廷で劉さんは無罪解放を求めたが、10日後、懲役12年の判決書を渡された。警官は、劉さんに判決書にサインを強要したが、劉さんは断った。

 その数日後、劉さんは省女子刑務所に送られたが、あまりにも血圧が高くて、刑務所側に入所を拒否された。そのため、劉さんは帰宅できた。

 2006年7月13日夕方、劉さんは家で頭を洗っているとき、警官に不法侵入された。警官は何の礼状の提示もなく、劉さんを不当に連行した。劉さんは手錠をかけられ、パトカーの中に押し込まれた。その後、警官は劉さんの家の家宅捜索を行った。

 安丘市刑務所に拘禁された劉さんは再び灌食された。刑務所で40数日間拘禁された後、劉さんは省女子刑務所に送られたが、入所の健康診断で高血圧症、心臓病が見つかり、入所を拒否された。2006年8月、劉さんは帰宅した。

 2008年3月1日午前、劉さんは石碓派出所の警官に連行され、安丘市刑務所に2カ月ほど拘禁された後、省女子刑務所に送られた。

 劉さんは刑務所に入所してすぐ、病院に搬送された。その後、病院から出て、劉さんは刑務所の「集訓隊」(刑務所で法輪功修煉者を迫害する専門の場所)に入れられた。劉さんは「集訓隊」で睡眠を許されず、10数人に殴られて体が傷だらけになり、足の怪我で歩行困難となり、這うことしかできず、劉さんは精神に異常をきたした。

 その後、劉さんは第6監獄区に監禁された。同施設の警官は受刑者を利用して劉さんの服を脱がせ、地面に座らせるなどの迫害を加えた。劉さんは迫害により、血圧が常に200まで上がり、腎臓病の症状が現れた。

 さまざまな残酷な迫害を受けてきた劉さんは、先月3日、病院で死亡した。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:http://big5.minghui.org/mh/articles/2013/9/8/279233.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2013/9/17/142070.html)
 
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