湖南省の中学校教師が受けた迫害の数々
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 【明慧日本20141028日】湖南省湘潭市の法輪功学習者・呂松明さん(47歳男性)は831日、近隣の湘郷(しょうきょう)市で法輪功の資料を配った。そして、梅橋派出所の警官は呂さんを連行し、呂さんが配った資料を没収した。

91日、呂さんは湘郷市留置場に送られ拘禁された。93日、湘潭市610弁公室と湘郷市国保大隊(法輪功迫害の実行機関)の警官は呂さんの自宅に不法に侵入し、家宅捜索を行って法輪功の関連書籍などの私物を押収した。

呂さんは連行されてから、異常に寒がりになったことで病院の検査を受け、心臓病だと診断されたが、912日に逮捕状を出された。

呂さんは湖南省師範大学を卒業後、湘潭市電気機械会社の付属中学校に就職し、歴史の教師になった。幼いころ母親を失った呂さんは、父親一人に育てられた。

息子が拘禁されたことを知って、父親(80歳過ぎ)はすぐ、服や靴を持って、田舎から40キロも離れた湘郷市留置場に駆けつけた。しかし、留置場側は父親と息子の面会を許さなかった。その場で父親は周囲の人々に「法輪功を学ぶ人は心身の健康を得たいだけなのに、拘禁されるとは・・・」と涙ながらに訴えた。

吕松明被迫害前的照片
迫害される前の呂さん
 

因遭酷刑迫害二零一二年二月三日冤狱期满回家后牙齿只剩下六个

刑務所で拷問されたため歯が抜けた呂さん

呂さんは法輪功を学んでいるとの理由で、当局に連行され10年間刑務所に拘禁され、さまざまな拷問を受けた。

 19997.20、中国共産党は法輪功への弾圧を開始した。呂さんは2000年、法輪功への迫害停止を求めて北京へ行ったが、天安門広場で警官に連行された。パトカーに押し込まれた呂さんはパトカーの窓から外に向け、持っていた「法輪大法素晴らしい」と書いてある横断幕を開いた。そのため、警官に頭、首を殴られた。その後、拘禁された呂さんは殴打され体中が傷だらけになった。

 2001年、呂さんは不当に解雇された。同年3月、呂さんは法輪功の資料を学習者たちに手渡した際、警官に連行され拘禁された。その後、懲役5年の実刑判決を受けた呂さんは益陽市赤山刑務所に収容された。刑務所で6日間睡眠を剥奪され、「大」の字にして手錠でベッドに固定された。その後、警官は呂さんに「三書」を書くよう強要したが、呂さんは従わなかったため、殴打された。

 2006年、呂さんは解放された。しかし、妻は当局に脅迫され呂さんと離婚してしまった。それから、家庭を崩壊させられた呂さんは靴の修理や落花生を売買するなどして、生計を立てていた。

 解放され1年足らずの2007年2月4日、呂さんは双峰県の街で法輪功の資料を配った際、警官に連行された。その後、双峰県留置場に11カ月間拘禁された呂さんは、再び懲役5年の実刑判決を言い渡されて常徳津市刑務所に収容された。

 刑務所で警官はさまざまな手段を使って学習者に「転向」を強要したが、呂さんは「転向」を拒否し、奴隷のような労働も拒んだ。そのため、呂さんは警官の指示を受けた受刑者に殴打され、左脳が負傷し、頭部麻痺の寸前となった。その後も、長期にわたって、さまざまな体罰、殴打などの迫害を受けた呂さんは重い心臓病と高血圧症の症状が現れ、10数回も危篤に陥った。

 2008年2月、呂さんは重労働を拒否したため、警官の指示を受けた受刑者に服を引っ張られ、背中を押された。それで、呂さんの歯全体がぐらぐらに緩み、歯が徐々に抜けてしまい、6本しか残らなかった。

 2012年2月3日、障害を負った呂さんはやっと解放された。刑務所を出る前、呂さんは刑務所側に50万元の賠償金と、暴力を加えた人たちを罰することを要求したが、刑務所教育科科長は「共産党に反対しているお前の歯に傷を負わせることは違法行為にならない」と叫んだ。

 今年1月14日午前、湘潭市610弁公室などの警官は突然、呂さんの自宅に押し入って、家宅捜索を行った。警官はベッドで横になっている呂さんを市三角坪留置場に連行しようとしたが、起き上がれない呂さんの姿を見て諦めるしかなかった。

 中国共産党が法輪功への迫害を始動して15年間、呂さんは法輪功の信仰を堅持したため、多くの苦痛を与えられ、3年6カ月しか家にいられなかったという。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/9/23/298084.html)
 
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